2014年8月15日金曜日

戦争と日本映画

田坂具隆「土と兵隊」1939年
大部分の日本人にとって戦争とは、驚異的な他者との対決ではなく、苦行を媒体として共同体への帰属意識を確認するための行為であると、無意識的に受け止められていた。アメリカ人の人類学者ルース・ベネティクトは戦時下の日本映画を分析して、この時期の日本映画は戦闘の悲惨さと兵士たちの辛苦を強調するあまりに、もしアメリカ的な文脈で見るならば、ほとんどが反戦映画として受けとられるだろうという見解を述べている。興味深い意見ではあるが、日本の映画人たちは戦争の悲壮美を強調することで、国民に兵士たちへの感謝と共感を促し、国策に協力しようと考えていた。(中略)敵を醜悪な悪として描く必要は、あえてなかった。味方である皇軍の艱難の映像を通して、天皇の恩に報いるという道徳的メッセージの方が、はるかに重要とされていたのである。ここに当時の日本と西洋の戦争観の決定的な違いが横たわっている。[四方田犬彦「日本映画史110年」集英社新書104頁]



この四方田氏の分析によると、戦時下の日本人は「帰属意識を確認するため」の「道徳的メッセージ」を求めていたというということで、それがそのまま戦争の原動力の一つになったのだとすれば、要は「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という話ではないか?そして、その無謀な「集団的自衛」の結果、国民がバタバタ死のうが、その「苦行」に堪えることこそが日本人の「道徳」的姿勢であり、村八分にならないで済むなら人々はみずから死を選ぶ、ということだ。うーむ、妙に説得力あるなぁ。