2014年10月5日日曜日

普通を演じる

「ピーター・ブルックの世界一受けたいお稽古」を見てきた。演劇指導の映像教材としてはほんとに良くできているなぁと感心。ほとんど飽きさせず最後まで密度の濃いレッスンが展開するし、というか、ちょっと濃すぎて、見直さないと言葉を咀嚼するのが追いつかないくらいだった。逆にいうと、ドキュメンタリー映画としてのおもしろさはほぼ皆無かもしれない。映画の宣伝サイトを見ると「隠しカメラを5台使った」なんて書いてあるが、ワークショップの参加者はブルック作品に出演してきたような第一線の人たちなので、カメラごときで動揺する素人じゃないのは確か(むしろ稽古場の全体を見せる画面にカメラが映ると興冷めするという見栄え上の配慮ではないだろうか)。さらにそういうメンツだから、参加者に上手下手の差なんてないし、彼らの失敗や成功のプロセスが描かれるというわけでもない。となると、やはり、ピーター・ブルックの指導の中身そのものが見所である。なかでも「普通を演じる」というのはほんとに巧い言い方だと思った。あと「テンポが大事だ」みたいなことを言っていて、そこがすごく気になったし、もっと詳しく説明してほしかったが、サラッと進んでしまったかな。とまぁ、一つ一つの指導は演劇哲学の深さに裏打ちされているようで、フムフムという説得力。ただ一つ、見ながら漠然と物足らなかったのは、たとえば、激しい嵐や業火の中をくぐり抜けるところを演じてみよう、あるいは魔女や亡霊と対面するところ、でもいいけど、そういうシーンをリアリティとして想像するのは、このワークショップの基点である「綱渡りの綱」とは違い、既成の文学や演劇や映画のなかで描かれたような、いわば「空想的イメージ」の記憶が必要になるような気がする。でも、そんな頭脳的劣化コピーを良しとするはずもない。だから、ピーター・ブルックの即物的かつ身体的なリアリティを通して真理に到達するという演技演出の方法論としては、もう少しなにか発展的プロセスがあるのかも?とも期待するのだが、そこはあくまで舞台上の人間のリアリティだから、言葉上の想像でオッケーということなんだろうか?それとも、とりあえずは、基礎の基礎に絞って今回は省略したということなんだろうか?