2015年3月26日木曜日

罠としての聖域

「生き残ったすべての者たちの聖域」という感じか。The Walking Dead シーズン4の一場面。見え透いた甘い言葉にすがりつくように集まる人間たち…しかし、彼らを愚かだと一蹴できるわけもなく…むしろ、罠だとわかっていてもそこへと向かわざるをえない者たちの心とともにわわれわれはある。すげぇな!まじにリアルだ。この先、ドラマがどう展開するかはこれから見る…

2015年3月24日火曜日

ドワイヨンの新作、まもなく公開!

4/4〜4/17、渋谷ユーロスペースにて。
ジャック・ドワイヨンといってもピンとこない人が多いだろう。ここ十数年は、日本では映画祭などで限定上映されるだけだったりするものの、1970年代から活躍しているフランスの素晴らしい映画作家である。そういえば、一時期はジェーン・バーキンのパートナーであり、二人の娘ルー・ドワイヨンも女優として活躍しているという。バーキンの出演した「ラ・ピラート」(1984年)はドワイヨンの代表作の一つだし、「15才の少女」(1988年)や「ピストルと少年」(1990年)といった小品も、俺はほんとうに大好きで、昔、何度も見た。

ただ、近年は、もうすっかり記憶の片隅に押しやられていたところ、先日見た「神々のたそがれ」の上映前の予告編にこの「ラブバトル」(2013年)が出てきたので驚いた(ちょっと邦題ダサいけど)。小屋もユーロスペースらしい。なので、帰り際にユーロの受付で前売を買おうとすると、なんと前売券はなし、当日券のみなのだそうだ。その代わりにだろう、受付のお姉さんがチラシを手渡してくれた。ちなみに、掲載したこの写真を見て気づかれただろうか?このチラシ、カラーコピーなのだ…!
出演:サラ・フォレスティエ、ジェームズ・ティエレ ほか
で、チラシを手にふと思った…金(予算)がないんだな、と…

まぁいたしかたない。東京にいて字幕付きで見ることができるというだけで僥倖なのだから。にしても、こういう商業的には成り立ちにくい映画にこそ映画芸術の豊かさが詰まっているはずなので、もっともっとドワイヨンの作品なんかが気軽に見られる環境になってくれると嬉しいんだけどなぁ。

2015年3月21日土曜日

ふくろう手ぬぐい

主人公のルマータが肩にふくろうをとまらせる印象的なシーンがある
アレクセイ・ゲルマン監督「神々のたそがれ」の前売鑑賞券をユーロスペースで購入するとプレゼントがもらえるというので、たしか1月の終わり頃、むりやり渋谷までチケットを買いに行って、でも、まだ物ができていなかったので、引換券だけもらって、ずーっと楽しみにしていて、今日、映画を見に行ったときにもらいました。

…で、もらっといてケチつけるのもなんだけど…もうちょっと観客が嬉しいって感じるものを考えようよ!っていうか、なんか、作品への愛情があんまり感じられないような気がして(手ぬぐいでもかまわないけど、それなら絵柄にルマータを入れてほしい!)、ちょっと残念だったんだよね〜 ^^;

まぁでも映画は最高だった!

3時間の上映が終わる直前には「もう1回見たい!」って呟いてました。個々のカットすべてが圧倒的だし、2010年代の最重要作品になるんじゃないかという感触。

なので、とりあえず、ノベルティの話でお茶を濁しておきます。

2015年3月20日金曜日

トラック野郎

「望郷一番星」と「度胸一番星」のポスター
新文芸坐の追悼「菅原文太」特集、本日は「トラック野郎 望郷一番星」(1976)と「トラック野郎 度胸一番星」(1977)の二本立て。菅原文太(一番星こと星桃次郎)と愛川欽也(やもめのジョナサンこと松下金造)のコンビがトラック運転手として旅をするという東映のプログラムピクチャーである。

主役の桃次郎は独身だが、相棒の金造は子沢山の家庭持ち、奥さんの君江(春川ますみ)を川崎の借家に残して働き、新築の一軒家を買うのが夢だという。ある日、桃次郎と金造が、君江と子ども10人の待つ家へ帰って来た。皆でにぎやかな食事をした後、君江は金造と二人きりになりたくて、出かけようとする桃次郎に子守りを押し付ける。
新文芸坐の名物サグーンロール、旨い!
桃次郎が「風呂へ行ってくる」と言うと、君江は「子どもたちを連れてって」と言う。桃次郎は「風呂は風呂でも、トルコ風呂だ!」と断る。トルコ風呂というのは今でいうソープランドである。君江は「トルコ風呂だって風呂には違いないだろ」と譲らない。そこで場面が切り換わるのだが、たいてい普通はそこで、近場の遊園地でソフトクリームでも舐める桃次郎、そのまわりで遊ぶ子どもたち、なんてシーンを予想するよね?

だが、この映画は真っ赤に内装された銭湯のような空間――トルコ風呂の浴場――に場所を移してしまう。そこにはトップレスの泡姫も数名現われ、素っ裸の子どもたちと仲良く遊んだりしていて…一方の桃次郎は半分ふて腐れている…とまぁそんなシーンに続く。昭和の映画ならではのおおらかさというか…すごいな… ^^;

2015年3月19日木曜日

人斬り与太

新文芸坐のロビーにて
新文芸坐の追悼「菅原文太」特集で「現代やくざ 人斬り与太」と「人斬り与太 狂犬三兄弟」を見た。ともに深作欣二監督、1972年の作品。1973年から「仁義なき戦い」シリーズが始まるので、その習作のような雰囲気もあるし、比べてみると「仁義なき」の脚本家・笠原和夫が深作映画に何をもたらしたのかというのもよくわかる。
「現代やくざ」は津島利章の音楽が良かったなぁ。「狂犬三兄弟」はやはり渚まゆみのエキゾチックな美しさに目を奪われた。そして「現代やくざ」だと赤飯のおむすび、「狂犬三兄弟」だとラーメンのチャーシューが、愛なき世界の愛の破片として語りを紡ぎだす。つまり、それは昭和のやくざが跋扈する背景には戦後の貧しい時代があったという意味でもあるのだが、1970年代だと、まだこういう表現が十分通じたんだなぁと思った。

2015年3月14日土曜日

58年めの出会いと別れ

住宅街というのはとにかくまぁ道が入り組んでいて、一つ脇道を逸れると知らない建物がズラッと並んで一瞬どこへ来たんだろう?と思うこともしばしばですが、俺の住む街も多分にもれず、すぐ傍の知らない通りにまだ行ったことのない蕎麦屋を発見!したのがほんの2週間ほど前。この練馬区錦に引越しておよそ2年半経ってのことでございます(おそらくウチからの距離でいえばご近所No.1というくらいに近いのです!)。で、先ほど、土曜の昼時に蕎麦が喰いたいなぁと思って、うん、じゃあ、あの新しく見つけた蕎麦屋で食べよう!と勇んで行き、扉の取っ手に手をかけた瞬間、目の前にこんな貼り紙が…
ガーン!!!そんな事情じゃヘタに美味しかったら、めちゃめちゃ悔しすぎるしな、と思ったけれど、ええい、ままよ!と入店しました。で、注文したのは、鴨汁せいろ750円。ウチの近所の蕎麦屋は麺ツルツル系のお店が多いようで、それはそれで美味しいのですが、自分が蕎麦が食べたい!というときの蕎麦はザラザラ系というか、粗挽系というか、蕎麦粉含有率高めのものが食べたいと思う麺なので、その意味で、この店は合格…合格?いや、間違いなく、お気入りでした!^^;
でもなー、今月いっぱいなんて…やっぱり、残念無念!…58年間もここで営業していたのに!!そう、かなり年配のご夫婦がやってらっしゃったので、もう引退ということなんでしょうねー。これもご縁がなかったということか… (T_T)

2015年3月13日金曜日

映画とは何か

アンドレ・バザン著、野崎歓ほか訳、岩波文庫、1,020円
おおぉ!
1970年代に出た初訳版は入手が難しい上、翻訳もあまり良い出来ではないと聞いていたので、名著中の名著、待望の復活である。今後、映画批評に興味がある、映画論を学びたい、というなら、本書なくしては始まらないはずだ。
俺も、映画を作り始めると、何をどう撮るかみたいな製作の問題と映画とは何かという批評の問題が二重の螺旋階段みたいに絡まりながら頭の中を駆け上がったり、躓いて転げ落ちたりするので、頼もしい書物になってくれるかもしれない(実際、バザンの批評活動はヌーヴェルヴァーグに多大な貢献を果たした)
たとえば「映画言語の進化」と題された章は、次のように始まる。

「1928年、サイレント芸術は絶頂にあった。トーキーによって映像のこの完璧な理想郷が破壊されようとする事態を前にして、最良の監督たちが絶望に駆られたのは、正しいこととはいえないにせよ、理解できることである。当時映画が向かっていた美学的な方向性において、映画は沈黙という「甘味な制約」にこのうえなく適した芸術となっていると彼らには思えたのである。それゆえ、音声のリアリズムはその芸術をカオスに投じる結果しか招かないと考えられたのだ」

さすがフランスの物書きはエレガントに語る。まさに「絶望に駆られ」て七転八倒する俺など、その語り口だけでなにか救われるような気もする…(少し褒め過ぎか?^^;)
今日、本屋で見つけて驚喜したが、下巻も近々に刊行されるらしい。
いやぁ嬉しいなぁ。

2015年3月7日土曜日

ゾンビの道は険し。

「ウォーキング・デッド」のTV放映を録画したのを見てたら、本編前に、こんな告知が出てきた!そうか、オーディションを勝ち抜き、優勝して初めて1匹のゾンビになることができるのか!と驚いたが、いざ、ドラマを見ていて、さっぱり気づかなかった。そして、本編が終わった直後に、正解?の発表が…まさに、ゾンビの道は険し!

2015年3月6日金曜日

物語の倫理的責務

Bottle Ship Journey の宣伝スチール
劇団→ヤコウバス「Bottle Ship Journey」を見た感想を断片的に書きます。雑論速論印象論ですが御容赦。

まず、登場人物7人は多すぎるような気がした。あんなにいると、もし俺が作者なら、航海の途中で一人一人殺していき、犯人は誰だ?生き残る者は誰だ!?みたいなサスペンスにしてしまうかも?

次に、話が妙にわかりやすすぎる。この劇団の前作「嘘と月」を見た俺は、多数の観客から「よくわからなかった!」と言われたからこんなに平明な話にしたのか?もしそうなら、激しく残念!「嘘と月」のわかりにくさこそがあの作品最大の魅力だったのに!今回はスケールがちっちゃくなったよな!と思った。

つまり、必ずしも成功したとは言い難い、一人五役に挑戦した「嘘と月」は、それでも役柄を必死に演じ分けようと努力した末の混乱であり、それをたとえるなら、K2を目指す若き登山家たちの意気込みのようなものを感じるわけで、だから単に、無能だから混乱したというのとはわけが違う。芸術的野心ゆえの混乱や難解さというなら、それはおそらく、世界のすべてのアーティストにとって引き受けざるをえないリスクの一つであって、そのリスクを怖れる奴らはすでにアーティスト失格といわざるをえない…

あと「Bottle Ship Journey」の脚本には大きな問題があると思う。

主人公の少年が、親の無理解に逆切れして母親を刺殺してしまったという事件が終盤に明かされ、その彼は実兄にまで銃口を向ける。少年はみずからの未熟さを暴力で解決しようと誤った道に堕しているのだが、そこに「Bottle Ship Journey」という主題が重ね映しになる。つまり、小さな瓶の中(の船)に閉じ籠ったままではいけない、そこから本物の現実の世界に飛び出そう、というメッセージが浮かび上がる。そこで彼の兄は切れた弟の隙を突いて銃を奪い、天へ向けて銃声を響かせる。その瞬間、ガラスの瓶は砕け散る、というふうに舞台上では表現されるのだが…ん?…ちょっと待て?!

少年は己の未熟さから罪を犯した。では、その未熟さを克服するということはどういうことか?答えは簡単だろう。まずなにより自分自身の罪を認めることである。

にもかかわらず、その未熟さの克服の号砲を鳴らすのは、罪を犯したわけでもない少年の兄なのだ。なぜだ?肝心の本人は「俺は悪くない!」と言い張り、いまだガラス瓶の中に閉じ籠ったままなのに…

これはもし、このまま終わるなら、シナリオの欠陥でしかないと思う。しかも、物語の主題の心臓部の欠陥…

ただ、俺は見終わって、そのあまりにピンボケした結末に、これはある種のアイロニカルな表現かもしれないとも考えた。己の未熟さゆえに誰も責任をとらない/とれない世界…あぁ!なんか現代日本社会そのものじゃないか?!!

この少年のキャラクターが「エヴァンゲリオン」の碇シンジを補助線上に見据えていることも確かだろうし、ならばと考え直してみると、「エヴァ」という作品では責任をとり切れない碇シンジを物語の中でサディスティックなまでに虐め続けている(それが良いか悪いかは別にして)。そうすることで、少なくとも某かの倫理的責務を果たそうとしているわけだが、では、われらが「Bottle Ship Journey」の物語は、母殺しという深き罪の前で、何をどう語ることで倫理的責務を果たすのだろうか?

それは「Bottle Ship Journey 2」で明らかになるに違いない、と俺は期待している。

2015年3月3日火曜日

荒濾過 七夕

荒濾過 七夕(田崎酒造)
以前、愛飲していた芋焼酎「黒七夕」が近所のスーパーの棚に入らなくなっちゃって、以後は、ポピュラーな「黒霧島」や「黒伊佐錦」を家の常備酒にしてました。ところが、つい先日この「荒濾過七夕」を見つけて、最近は「荒濾過」ってのが出てるんだ〜しかも、懐かしの銘柄じゃん!と即買い。「濾過を最低限度にすることによって芋本来の香りや旨味を残した濃厚な本格焼酎」という触れ込みですが、まさに芋を飲んでる!という感じです。

2015年3月1日日曜日

応援したい味

麺屋 楠のラーメン 650円
このラーメン屋の開店時期を調べてみたら2014年4月1日なので、まる11カ月経つわけだが、毎日店前を通っていて初めて入った。というのも、今までほとんど客が入っている様子がなかったからだ。この11カ月間で、片手で数えるくらいしかお客がいるところを見たことがない。無人の店に入るのはなかなか勇気もいる。ところが、今日の昼時に通りかかったら2名もいた!ので、今日こそ入ろう!と決意した。

ラーメンは醤油ベースのスープでダシがよく効き、旨かった。どうやら大勝軒出身の方がやっているらしく、大勝軒をより王道路線にした感じといえば想像してもらえるだろうか。

それにしても、俺が目にしてきた11カ月間の閑古鳥から察するに大変だったろう。俺も、いつ店が潰れるかと思ってハラハラしていた(一度は入ってみたいと思っていたので)

なんというか、応援したい味だった。

たしかに、王道を究めた孤高の域には達してないだろうし、これで蒙古タンメン中本(上板橋に本店がある)みたいにファンが集まって来るというのは難しいかもしれない。でも、俺は中本のラーメンより好きだし、地元の人に愛されるお店になってほしい!
上板橋駅から徒歩5分、川越街道沿いにある。