2015年6月7日日曜日

ぼくらの民主主義なんだぜ

高橋源一郎 著、朝日新書、780円+税
Twitterで高橋源一郎氏をフォローしていて知ったのだが、彼は時々、朝日新聞の論壇時評にこんなのを書きました、と原稿のダイジェスト版を連続ツイートする。その文章がほんとうに素晴らしくて、俺も、リツイートしたり、コピペしたものをFacebookにまとめたりしたし、その完全版や未読の原稿を読めるならと思って本書を買った。ところが、である。いざ読み出してみると、意外に地味というか無難というか、論旨に文句があるわけではないが、どことなく喰い足りない。むろん、一冊の書物として読むには一本の原稿が短すぎるというのはある。小説家である高橋氏が「論壇」を語るのに試行錯誤したということもあっただろう。だが、いちばんの要因は、時評の執筆を始めたのが2011年4月だということかもしれない。311の激震を受け、社会的事象を語ることの困難に直面していたのではないか…

原稿のタイトルを並べてみる。序盤は「ことばもまた「復興」されなければならない」「非正規の思考」「みんなで上を向こう」「スローな民主主義にしてくれ」「柔らかくっても大丈夫」などなど。しかし、本書の終盤になるとこうだ「支配と服従が横行する国で」「記憶の主人となるために」「クソ民主主義にバカの一票」「そこにはつねに、それ以上のことがある」などなど。明らかに言葉のテンションが上がり、アグレッシヴな姿勢を打ち出し、「ぼく」を使っていたはずの一人称が「おれ」になっている原稿すらある。そして、Twitterを通して触れた文章の多くもこの終盤に集中していた。むろん、それらはあらためて読み直しても素晴らしかった。結局「時評」というのは書き手のビビッドな心理心情に影響されてしまうのだろうし、ましてや311直後は、日本中が喪と混乱の重い空気に覆われていたのだ。

本書のテーマは「ぼくらの民主主義」である。難しい哲学や高邁な思想の話ではない。あるいは、おそらくは「民主主義」という現・安倍政権が敵視する思想についてである。戦後70年、あたりまえのものであったはずの「民主主義」があたりまえではなくなるかもしれないという危機感のもと、高橋氏はさまざまな社会問題への処方箋としての「民主主義」という思想、その精神性についての再検証を試みる。だからこそ、本書は311を契機に「民主主義」の危機が急速に高まったということのドキュメントとしても読めるのではないだろうか。