2015年8月2日日曜日

室内楽としての演劇

今から3年前に初めて見た『黄色い月—レイラとリーのバラッド—』にはほんとうに驚かされた。とにかく、喋りまくり動きまくりの約90分間。喋ったり、動いたり、ではない。喋りながら動きながら、である。俺は演劇よりも映画に馴染んできた人間なので、久しぶりに見た役者のけたたましいほどの演技に度肝を抜かれた。

なぜ、こんな舞台になったかという理由はもちろんある。演出の巣山賢太郎はコーポリアルマイムという身体的パフォーマンスを緻密に体系化したアートフォームの専門家であり、その一方の上演台本は、スコットランドの俊英デイヴィッド・グレッグによる、いわゆる「ト書き」まですべて語りにするかのような饒舌きわまりない戯曲。両者を掛け合わしたらそりゃこうなるだろうというのは理屈ではわかるが、まぁ大変なのは実演する俳優たちに違いない。以後、俺は個人的に演劇を数多く見るようになったが、いまだこれを超える「大変そうな」舞台には出会っていないかも…

だから、この作品の魅力をごく大雑把にいえば、役者のダイナミックな演技と詩情あふれる戯曲のハイテンションな融合といったところだろうが、もう少し突っ込んだ楽しみ方を紹介したい。

主人公のリーは、いわゆる街のゴロツキ、ストリートチルドレンである。この少年を演じるのが西村俊彦。男声としてはやや高音のテノールボイスが美しい。もう一方の主人公レイラは無口で内向的な少女、備本愛香が演じている。とはいっても、内面の独白まで台詞になっているので、ひねりある饒舌が楽しめる。また、彼女は素晴らしく切れのある登場人物を立ち上げるので、不良役の西村がいかにも素朴純朴な少年に見えるのがおもしろい。というか、それゆえこの少年にさらに感情移入しやすくなり、確かな相乗効果を上げている。また、二人の脇を固めるのが、抜群の重低音で劇場を震わせるほど男声的な石田博英、女声としては低音ながらも歯切れの良い語りっぷりが魅力の高山佳音里。つまり、男女四声の緊密なコンビネーションがこの作品の聴き所である。だが、この舞台がひとつの「合唱曲」であるとするならば、楽器による伴奏も欲しくなるところだろう。そこに登場するのがチェリストの大島純。彼の弦楽の響きがこの演劇空間の叙情性を何倍にも増幅してくれる。

こうした室内楽的なチームワークを発揮し、眼を閉じても楽しめるドラマになっている『黄色い月』であるが、さらにそこにコーポリアルマイムの洗練されたムービングが加えられ、耳も眼も楽しめる贅沢な舞台となった(再演となる今回もそうなっているはずだ!)。そして特に興味深いのは、この戯曲の表現がどういうふうな動きに活かされているか?という視点よりは、むしろ、コーポリアルマイムの動き自体がひとつの自律した芸術様式に基づいているので、単なる芝居の振付け、物語の飾りや説明にとどまらない俳優の動きと台詞の意味とのちょっとした乖離の感覚こそがこの舞台作品を楽しくユーモラスな表現に仕上げているところだと思う。

そんなふうに、一分一秒たりとも見逃せない聞き逃せない高密度な舞台なので、超おすすめ!というか、3年後の再演にあたって完成度はさらにハイパーだと思うし、おそらく、誰よりも期待しているのは俺自身である。^^; となれば、もうわが友人にも全員見てほしいくらいの勢いなので、直接俺に言ってくれたら、マジに喜んでチケットの手配します!

というわけで、公演予定などの詳細はこちらでご確認ください!