2015年10月28日水曜日

ハンドル周りの再調整

Bontragerのハンドルバー
幅380mmのハンドルバーを400mmへ交換。銀色のバーテープを濃い藍色のものに。ハンドルバーは20mm長くすると乗り心地がどう変わるかを確かめたかった。で、これが意外に大きく変わった!グリップの位置が違うので当然感触も違うのだが、ハンドルの力を車輪に伝達するのはなんというか「テコの原理」に似ている感じで、テコの長くなったぶん制動力が向上したと思う。以前乗っていたクロスバイクのフラットバーハンドルの時は、このことをほとんど意識しなかったのはなぜだろう?たぶん、ドロップハンドルによって前傾姿勢が強くなったのに加え、変速ギアのないシングルスピードにしたことで、いわゆる立ち漕ぎの回数が増えたというのも大きい。そんなふうに「加速装置としてのハンドル」というのを日々実感しつつ走っております。

2015年10月18日日曜日

10月18日渋谷街宣

今日のプラカ大賞 w
国会前デモ以来だから1カ月ぶりに参戦。今日、印象的だったのは「野党共闘!」のコールが自然に沸き上がってきたこと。そういや、いつもの英語コール、行く前に練習しとけば良かった〜!^^; 日本語の「民主主義ってなんだ?」「これだ!」も楽しいんだけど、英語のコールはDJが流してる音楽にも乗りやすくて、ほんと気持ち良さそうなんだよね〜!下のリンクはコール練習用の覚書きとして。
http://illcomm.exblog.jp/21877424
ハチ公前広場は広くないので、すぐ埋まります。
司会進行をやってくれた二人

共産党の小池晃氏
I am not ABEでおなじみの古賀茂明氏 
生活の党と山本太郎となかまたちの玉城デニー氏

右端の男子は高校生といってたような…T-nsSOWL?
誰さんだっけ?名前忘れたー!あっ、わかこさんだ!
スチャダラパーが登壇すると、まるでゲリラライブのように…
…「今夜はブギーバック」やデモクラシーコールが炸裂!

2015年10月17日土曜日

ドワイヨンの光

ジャック・ドワイヨン「アナタの子供」(2012)
昨夜、新文芸坐で見た映画の感想を書こうとしていたのだが、言葉がイメージに追いつかない。ほんとうに、、、光の映画だった。映画は光なんだということを思い出した。まずはじめ、映画の音は闇のなかに軽やかに響いた子どもの声だった。アン、ドゥ、トゥワ、つたないチェロの弦も弾いていた。だからそこは、その空間は闇であっても、どこか懐かしい居心地の良い闇だった。俺たちは闇のなかで蠢いた。もがいてもいた。その闇から脱出したいとすら願っていた。なぜ逃げ出さねばならない?もうひとりの自分がそう囁いているかのようだった。なぜって?だって、闇だけじゃあ映画が始まらないじゃないか?!光はどこから訪れるのか?早くフィルムを回してくれ!!でも、もし、映画が光の贈り物であるというそんなことすら忘れていたのだとしたら、、、最低だな、俺は。反省せねば、、、そして感謝。その感謝は古い友のような、でも偉大な映画監督ジャック・ドワイヨンへ。その撮影監督レナート・ベルタにも。心から感謝。

2015年10月13日火曜日

沖縄のことを教えてください

初沢亜利 著、赤赤舎、3,800円+税
本日10月13日、沖縄県の翁長雄志知事は、アメリカ軍普天間飛行場の移転先、名護市辺野古沖の埋め立て承認を取り消した。——この古くて新しい「沖縄問題」をきっかけに、1年3カ月間現地に滞在して撮り下ろしたという写真集。作家性の強い作品ではないが、沖縄の時事的な現場と日常生活の断片とを交互に追いながら、沖縄の美しい風景や人々の生き様や佇まい、自然な表情を刻み付けている。以下のリンクもぜひ参照してみてください。収録作品と著者のコラム

The Walking Dead / Season 6

FOXチャンネルにて放映中
待望のThe Walking Dead / Season 6が始まった。初回放送も見た。久しぶりにあの世界に触れて、結局ゾンビって自分の分身なんだと思った。腐った自分の自我が襲いかかってくる。ゾンビに喰われることで自分もゾンビになる。つまり、ゾンビと同一化してしまう。ただ、そのゾンビは元から自分自身の一部なので、殺しても殺してもけっしていなくはならない。だから、永遠にゾンビを殺し続け、ゾンビたちと闘い続けることで、かろうじて自分はまだ完全には腐り切っていない「自己」を保持することができる、ということだ。おそらく「自己」とはそういう無間地獄の別名なのである。

2015年10月11日日曜日

新・自衛隊論

自衛隊を活かす会 編著、講談社現代新書、900円+税
安保法制をめぐる議論でもっとも苛立ったのは、憲法論と安全保障論とがごっちゃにして語られていることだった。憲法論は「戦争反対」という標語に単純化され、安全保障論は「外国の脅威」というイメージに単純化された。しかし、その内実は、憲法論は国民主権をベースにした政治哲学や社会思想の問題であるし、安全保障論は国際政治や軍事技術といったきわめて専門性の高い問題である。そういう互いに異質で複雑なテーマを整理しないまま議論しても生産的なものになるはずがない。結果、憲法論の「理想主義」vs. 安全保障論の「現実主義」といった図式において批評されたりしていたが、それはその図式自体が間違っている。憲法論という土台の上に安全保障論を築くべきなのであって、対立概念として天秤にかけるものではない。最近の出版でいうと、高橋源一郎×SEALDs『民主主義ってなんだ?』(河出書房新社)が憲法論の思想を問い直すものだったが、では、安全保障論に関しては何を読んだら良いだろう?と探していて見つけたのが、この『新・自衛隊論』である。本書は、現行の「日本国憲法」も「自衛隊」もポジティブに活かそうという主旨のもと、中国やアメリカの軍事政策を検証し、対テロ戦争下の治安活動の問題点を論じ、専門家による集団的自衛権の事例分析やPKOの現場レポートなどを記している。独特な用語もきちんと定義付けした上で使われているので読みやすいし、政治イデオロギー的な誘導もほとんど感じなかった。むろん、本書では語られない脱自衛隊から非武装中立へという平和主義の道も考えてみたいと思うが、それはまた別の議論を参照すべきだろう。

2015年10月6日火曜日

南京事件 兵士たちの遺言

南京事件の体験を証言する
この番組の詳細はNNNドキュメントの公式HPでも初回放送が終わるまで明かされることがなく、放送予定の更新は凍結されていた。公開されたテレビ番組表では「しゃべってから死ぬ 封印された陣中日記」というタイトルになっていたらしい。「南京事件」という語を避けていたのである。いかに放送局が警戒していたか…

にしても、こうした異常な自主規制を強いるような「空気」はナチスの犯罪に対するドイツの姿勢とは対照的である。時々思うのだが、この差が、ヨーロッパのリーダーとして確固たる地位を築いたドイツと、東アジアでいまだ隣国との摩擦に四苦八苦し、世界的にも没落の一途をたどる日本との違いではないのか?国際社会における「歴史」の問題は政治経済活動の土台とならざるをえないからだ。

以下にリンクしたDaily Motionのサイトで録画を見られるのでぜひ。

南京事件 兵士たちの遺言

2015年10月4日日曜日

軽装備のために

Canon iVIS HF G20
ムービーのサブカメラを購入。今までのカメラで出動すると、三脚などを含め10kg近くの重装備になるので、ちょっとした記録撮影をするだけでも大事だった。逆に、iPhoneを使ったスナップ撮影だっておもしろいと思うが、タフな撮影には向かない。機材としての信頼性も未知数だ。ホームビデオなら一眼ムービーよりずっと動きやすいし、映像製作のぽっかり穴が空いたような中間地帯を埋めてくれるだろう。またバリバリ撮影したいっす。