2015年11月1日日曜日

ゲルマン映画、再見。


『フルスタリョフ、車を!』(1998年)
新文芸坐でアレクセイ・ゲルマンの映画作品4本を見直した。そのうちの3本『道中の点検』(1971年)『戦争のない20日間』(1976年)『わが友イワン・ラプシン』(1984年)は1992年のレンフィルム映画祭のとき見ていて、当時はこの映画祭でゲルマンとともに紹介されたヴィターリ・カネフスキーに心を奪われていた(『動くな、死ね、甦れ!』にゾッコンだった)というのもあり、ゲルマンのほうは骨太な映画を撮る監督だなぁという程度の感触だった。でも、後年『フルスタリョフ、車よ!』や『神々のたそがれ』(2013年)で炸裂するアナーキーな映像文体に、これはヤバい作家だと認識を改めることになった。詳細は『フルスタリョフ、車よ』に関する堀潤之氏のレビューを参照されたい。とても良く書けているので付け加えることはないのだが、とにかく、ゲルマン映画はかっこいい。まるで広大な厳寒ロシアの大地全体にギターノイズをガシガシかき鳴らさんとパンクロックのごとき音や映像が唸りを上げる。そこで叩き壊すのは、ルーティン化した既成の映画言語だけでなく、ソ連というかロシアの社会体制の糞のような不条理な現実である。そう、現代日本もまた糞のような政治の不条理に埋まって窒息しかねないことを考えるなら、ゲルマン映画は芸術的レジスタンスの最高の教科書なのだ。