2015年12月23日水曜日

2015年の演劇回顧

今年見ることができた舞台作品はおもしろいものが多くてほんとに楽しかった。春に見た、劇団だるめしあん『あの子の飴玉』は性をめぐる多様な言説をサンプリングした社会派コメディとして秀逸だったし、神奈川県庁の大会議場で見たtheater 045 syndicate『音』は、とうに少年を卒業した男たちの甘酸っぱい記憶を呼び覚ます肉体的試練がなんとも感動的だった。あるいは、ままごと『わが星』は斬新なファンタジー話法を発明したかのようなソフィスティケートされた舞台に感心しきりだった。夏にかけては、やさしい味わい『汚い月』が人間存在のグロテスクなイメージを密かに懐胎させたような戯曲に挑戦、それがブニュエル好きの俺にはドンピシャな世界観だった一方、イエローモンスター『黄色い月』の大胆な身体表現は舞台空間そのものを覚醒させるかのようなモダンな試みで、清廉な戯曲(デイヴィッド・グレイグ作)のストーリーとも心地良く絡み合っていた。秋が深まると、劇団昴が舞台化した『谷間の女たち』はピノチェト軍事政権下のレジスタンス精神に幻想的な装いを纏わせ見る者を揺さぶってきたし、鮭スペアレ『ロミオとヂュリエット』によるシェイクスピア作品の翻訳語(坪内逍遥訳)と日本の伝統的な舞台表現とをキマイラにしてみようという知的遊戯もとても魅力的だった。さらに、アガリスクエンターテイメント『ナイゲン』は高校の文化祭実行委員会会議を舞台にした風刺劇として見事というほかない出来栄えだったし、年の瀬には、えうれか『岸田國士 短編四作品上演』が、まるで小劇場で活動する俳優たちの技術的底上げをアピールするかような演劇強化空間となっていて頼もしいかぎりだった。あと、忘れられないのは初夏の夕刻からのリラックスした時間だったろうか、プリモ芸術工房「ELECTRONIC AGITATION」でのチェリスト大島純、エレクトロニクスを駆使する本橋彼方、コーポリアルマイムを演じる巣山賢太郎らによるコラボレート作品『アルコール』はとてもとてもエキサイティングだったし、ソロ作品として演じられた『預言者』での巣山のパフォーマンスはその身体言語の可能性を予感させて印象深いものだった…と、まだまだ素晴らしい舞台はたくさんあって書き切れないが、とりあえずはこれくらいで… m(_ _)m