2015年12月8日火曜日

飢えた奴らの言葉

東浩紀 編、ゲンロン 発行、2,300円+税
とりあえず、巻頭に置かれた鈴木忠志と東浩紀の対談(「演劇、暴力、国家」)だけ読んだが、これが滅法おもしろい。東氏は演劇プロパーの人ではないし、鈴木氏にしても最初からこんなふうに飛ばしている。

「わたしはべつに好きだから演劇をやってるわけじゃないんです。日本や世界について考えるうえで、演劇を知らないとまずいという認識が先にあった。演劇はわたしが若いころはすごい力があった。近代日本を代表する小説家や知識人はほとんど演劇を通過している。森鴎外も谷崎潤一郎も三島由紀夫も、みな演劇に関わっている。演劇というものは、歌舞伎や能も近代の戯曲も含めてだけど、一国の精神を形成するのに相当重要な役割を果たしてきた。だから、日本について考え、語るうえでまず演劇に近づいておかないとと考えた。いまの若いひとみたいに、演劇が好きだからやるというのとは、ぜんぜん違うんですね」

なるほどと思った。俺だと、それは「映画」だった。同じように、映画が好きだからというよりも、映画を通して「世界」に触れた。昔のフランスのヌーヴェルヴァーグの連中も同じことを言っていたはず。たとえば、小津映画を通して、俺らは「日本」や「家族」を再発見したのである。だから、単純に「好き」とか「感動する」からではなく、ただただ何かに飢えているかのように見続けた。この対談がおもしろかったのも、おそらくは「世界」のありようを疑い、真理や真実に飢えた奴らの言葉が響いていたからだと思う。