2016年11月23日水曜日

文化戦争の時代

by Carios Latuff
これ、友人がtwitterでいいねしていた記事で、なんだよRTしてくれよと思いながら読んだら、めちゃくちゃおもしろかった。政治学やジャーナリズムとは少し切り口を変えた社会心理学者の視点で、注目すべきは、以下に引用した発言に集約されているような気がする。さらに、ジョナサン・ハイト氏は、こうした状況にソーシャルメディアが深く関わっているともいう。
俺が思ったのは、人類はみずから手にした文明の利器、自動車なら自動車を手放せないように、ソーシャルメディアの弊害が明らかになったとしてもそれを手放すことはできないだろう。であるならば、このハイテクを飼い馴らさなければしかたがない。そして、政治や経済より上位の「文化的イデオロギー」が巨大な暗雲のように垂れ込めているのは日本も同様、むしろ、先行しているのかもしれない。政治的には国家権威主義が支配し、経済的には破綻した核エネルギー政策を断ち切れないでいるのだから。こうした深刻な不条理が解消できない要因の一つは、そこにもあるのではないか?ということ。
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SI:今回の事態は文化戦争(culture war)の延長線上である、とあなたは説明しているように思えます。アメリカの政治のすべては文化戦争に組み込まれてしまい、政策というものも文化戦争のための小道具にしか過ぎなくなってしまった、とあなたは考えていますか?
JH:その通り、私はそう考えています。そこには実存的な問題が賭けられているのであり、今回の選挙はどちらの側にとってもまさに世界の終末的なもののように感じられたのです。アメリカは虚空に向かって突撃しているのであり、狂人とはいえトランプは唯一残された希望だ、と右派は考えています。左派は、トランプはファシズム的なクーデターを起こすか、中国と戦争するか、あるいは同盟諸国にアメリカを裏切らせてしまうだろうと考えています。
 ですから、終末論的な感情がアメリカに漂っているのです。神聖な価値観が賭けられているのです。右派と左派との二つの世界観の間で妥協が行われる可能性はまったくないのです。
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インタビュー記事の全文はこちらに。
トランプ現象と多文化主義