2016年11月26日土曜日

この世界の片隅に

こうの史代 原作、片渕須直 監督(2016年)
『この世界の片隅に』は不思議な映画である。緻密に調べて準備したであろう広島地方の風俗や方言や家庭生活の描写は、土地に縁のある人はとても興味をもって見られるだろうし、そうでない人も、太平洋戦争末期の都市や田舎の雰囲気を楽しむことができる。ただ、そのぶんドラマチックな仕掛けは控えめなので、いくぶん冗長だと感じる人もいるだろう。戦争の破壊描写も抑制の効いた詩的表現を大胆に利用し、リアリズムとインプレッショニズムを手際良く使い分けている(この映画の芸術的価値はそのあたりにあるような気がする)。そして作品全体としては、歴史としての「戦争」の何を描くべきなのかということを考えに考え抜いていると感じられた。宮崎駿の『風立ちぬ』が戦争に加担せざるを得なかった主人公の葛藤に焦点を合わせていたとするならば、『この世界の片隅に』はその葛藤すらもてなかった大多数の庶民の「痛み」に焦点を合わせている。それがこの映画の、戦争の「何を描くべきか」という問いへの答えなのだろう。百田尚樹あたりが描きそうな、世界に立ち向かうナショナリズムの昂揚感やカタルシスの代わりに、この映画は、ご飯を炊いたり、料理を工夫したり、洗濯したり、裁縫したり、買い物に出かけたり、たまに絵を描いたり、夫婦喧嘩したりといった小さな小さなシーンを積み重ねていく。だから、映画館を出て、もうさっき見た映画のことなど忘れ、日常生活に戻って暮らしていて、ふとまた映画の一場面の記憶が甦るようなこともあるに違いない。おそらくは、そんな時にこそ、この作品の真の力が現われるのだと思う。小さな記憶の大きな力、をこの映画は信じているのだ。