2017年3月17日金曜日

未来のための公共

「未来のための公共」という団体主催のデモが国会議事堂前でスピーチをやっていて、それを毎日新聞がネット配信したものを少しだけ見た。「未来のための公共」はSEALDsの後継プロジェクトでもあるらしいのだが、その映像を見て、そういや、劇団だるめしあんの『ひとごと。。』って、なんかSEALDsみたいだな、と感じたことを思い出した。『ひとごと。。』という演劇作品は「私のことを話します!」と宣言し、訥々と自分の「思い」を語りだすようなスタイルをもっていて、SEALDsのスピーチの中身はだるめしあんよりも公共的な意識がより強く、逆に、だるめしあんのスピーチはSEALDsよりも私的な意識が強い、といえる。ただ、そういう違いがあるにしても、両者はけっして対立しているのではなく、その関心のありかというか、そのテーマの重心がほんの少しズレているだけだと思った。で、そういう対比を通して、俺は「語ること」の重要性を強く感じた。つまり、怪しげな教育者に時代錯誤でカビの生えた「教育勅語」を語らされるのではなく、みずから今現在感じたこと思ったこと考えたことを人前で素直に語れるのは素晴らしいし、そんな行動がもっと普通にもっと自然にできるようになると良いな、という。なぜなら、右派的な国粋的な権威主義的な政府というのは市民の従順な隷属を求めているのであって、市民一人一人が自分自身の言葉を語りだすことは求めていないからだ。むしろ逆に、恐れているはずであって、だからこそ「計画したらそれだけで逮捕するぞ」という脅迫的な意図をもつ共謀罪なんて法律にこだわるのだ。その意味でも「未来のための公共」や「だるめしあん」には、今後とも期待したいと思う。