2017年3月8日水曜日

上からの改革

Carlos Latuff
東浩紀編「ゲンロン4」は、浅田彰の回想的なロングインタビューが載るというので軽い気持ちで読み始めたが、意外なところを興味深く読んだ。ロシアというか旧ソ連は、1985年から始まったペレストロイカ(政治改革)やグラスノスチ(情報公開)によって文化的な解放の気運が高まり、91年にはソビエト連邦も解体し、新しい時代の新しい大国としての期待があって、だから、近年のロシアの国際協調を破壊するような政治的動向を見るにつけ、いったいどうしちゃったんだろう?という思いもあった(逆に日本の右傾化も外国からはそう見られているのかもしれない)。ただ、なぜこれが浅田彰の個人史に重なるのかというと、彼のやってきた仕事が「エリート主義」と言われるのは仕方ないけれど、でも、ゴルバチョフだって最初は上からの改革だったじゃないか〜という文脈。いや、俺はいろいろ知的刺激をもらったので、エリート主義だろうがなんだろうが感謝しています。以下は備忘録的に一部引用。



1989年に冷戦が終結したあと、西側はゴルバチョフを経済面などで、もっと支援すべきでした。第一次世界大戦後にドイツを叩きすぎたため、ドイツを経済破綻からナチズムという道に追い込んだことへの反省から、第二次大戦後、アメリカをはじめとする連合国はマーシャルプランという大規模な贈与を行うことでヨーロッパの復興を助け、とくに旧ファシズム陣営をうまく手なずけた。ところが冷戦終結時にはふたたびその反省が忘れられ、ゴルバチョフがコケてソ連が元に戻った場合(たしかにその可能性は小さくなかった)はいつでも叩けるようにしておこうという警戒心ばかりが先行して、経済危機にあえぐ彼を助けようとしなかった。結果、彼は追い詰められ、91年にクーデターが起こり、それを鎮圧して新たに大統領になったエリツィンがソ連を解体し、いまのロシアをつくるわけです。しかし、エリツィンが急激な自由化・民営化というショック・セラピー(ナオミ・クライン)を強行した結果、オリガルヒと呼ばれる新興財閥に富が集中する一方で、民衆は飢えてめちゃめちゃな混乱状態になり、結局それを収拾して秩序を再建するストロングマンとしてプーチンが登場するんですね。アメリカはいまプーチンを目の敵にしているけれど、かつて自分たちがゴルバチョフを見捨て、エリツィンに性急な資本主義的「改革」を押し付けた、その結果としてプーチンが現れたということを、もっとよく考えるべきでしょう。