2017年12月6日水曜日

武器としての人権

2017年12月6日東京新聞・朝刊より
以下、斎藤美奈子氏のコラムの感想を断片的に。――ある意味で言えば「人権」は「守る」ものではない。「人権」は政治的・経済的に無力な者が個々人の立場で戦うための「武器」だと思うので、武器はいつも手入れをして戦闘準備に組み込んでこそ意味がある。なのに、その(憲法が保障した)武器の存在すら知らない、知らされないのは非常にマズい、ヤバい。ヘイトスピーチも、あれは「差別」であり「人権侵害」であることが問題であって、言葉が汚いこととはまったく関係がない。つまり、この記事のアンケート回答にあるような「外面が悪い」だとか「不愉快」だとかの印象論・感情論で議論すべきではなく、厳然とした法的問題なのである。また、人権の一部としての「表現の自由」を根拠にヘイトを許容するのは、むろん自己矛盾であり、完全な間違い。人権は「個人(限定)の権利」なんだから、他者の権利を侵害してはならない。日本の政治が急速に人権破壊を推し進めていることに抵抗するためにも「武器としての人権」を考えてみる必要があるように思う。