2018年2月20日火曜日

卒業式、実行

今夜、新宿のサンモールスタジオで『卒業式、実行』を見てきた。ざっくり言って、ある演劇作品がテーマと、物語と、演技や演出と、の3層構造でできているとするなら、アガリスクの芝居はコメディなので、たいていテーマが「重く」ならないよう配慮されている。たとえば『そして怒濤の伏線回収』なら「商店街を活性化する」だったり、『時をかける稽古場2.0』なら「完成台本を手に入れる」だったりするので、テーマと物語は渾然一体でありかつその結果シンプルというか、物語の行方や登場人物の目的、そして観客の主な関心などにあまり揺らぎはない。ところが、今回の『卒業式、実行』はちょっと事情が違う。タイトルが語る「卒業式を実行する」物語とは別に、否応なしに、イデオロギー対立というテーマがその影をちらつかせる。学校側が求める国家主義的イデオロギーと生徒側が求める民主主義的イデオロギーの対立。「イデオロギー」という言い方が難しいなら「何を信じるか」の違いと言い換えても良いかもしれない。つまり、それは本質的に心の問題である。だから、俺が『卒業式、実行』を見ながらもっとも気になったのは、生徒会長・熊谷が、どう心の問題に決着を付けるか?ということであり、俺は、それこそがこの作品の最大のサスペンスかもしれない、と感じながら見ていた(普通に物語上のサスペンスもめっちゃおもしろいんだけどね)。ゆえに、この物語の事件の「解決」を熊谷がどう受け取ったかという台詞が、俺にとってはこの演劇作品のクライマックスの一つだった。実は今、彼女のその台詞が思い出せないので、ここにも書けない ^^; だが俺は、そっかー!作家の冨坂さんは、熊谷を「形式主義者」とすることで(一応の)決着を付けさせたんだ!とその台詞を聞いて納得した。むろん、イデオロギーというか、人間の心の問題は形式主義に還元できるものではない。私たちがみずからの「信じるもの」とどうつきあうべきか?というのは難しくもリアルな問題だが、『卒業式、実行』は、そんな問いかけを楽しく笑いの渦の中に包んで送り届けてくれる。素晴らしいコメディだった。